新型コロナウイルス感染拡大の影響によって、特産品の消費が急激に落ち込み、地域の生産者、事業者が大きな打撃を受けています。
ふるさと納税はその仕組みから、自宅でできる支援という側面も併せ持っており、

不要不急の外出自粛中でも各ご家庭で楽しめる返礼品を多数取り揃えております。

鍋島緞通のあゆみ

鍋島緞通。この風雅な響きをもつ敷物は佐賀が発祥の地。
誕生したのは、今から300有余年前、江戸元禄年間(1688年~1704年)のことで、中央アジアからトルコ、中国などを経由しこの佐賀の地に技術が伝わったといわれています。
佐賀藩三代藩主鍋島綱茂候は扶持米を与えて技術を保護し、佐賀藩御用となり、一般への売買が禁止されたといわれています。
江戸時代この敷物は「扇町紋氈」「花毛氈」と呼ばれていました。
なお、当時より素材は木綿で、佐賀県白石の干拓地で栽培されていた上質の綿を使っていたといわれています。
明治時代になると鍋島緞通は一般への販売が開始され、大島貞七という実業家が大々的に販売を手がけていき、明治6年(1873年)にはウィーン万国博覧会にも出品されています。

鍋島緞通の返礼品

㈱鍋島緞通 吉島家

4,000,000

大正元年創業以来、江戸時代より続く鍋島緞通の伝統を継承してまいりました。
そのおおらかで優美な文様、そして木綿の包み込みような優しい肌触りをお楽しみください。
薄い灰色の地色に藍のコントラストが映える洗練された柄行です。
対角線上に配置されたデザインが、モダンで格式高さを感じさせます。
お部屋の和洋を問わず、年間を通してご使用いただけます。
※手刺繍製法で作られた新鍋島となります。

佐賀錦のあゆみ

佐賀錦の起源には、江戸時代末期に鹿島藩鍋島家で創作されたという鹿島説と、それよりも以前に小城藩で作られていた錦を鹿島藩に伝えたという小城説の2つがあります。
鹿島説は、鹿島藩鍋島家第9 代藩主の夫人、柏岡の方(篤子)が網代天井に着想を得て、これで日用品を作れないかと側近に相談したことが始まりです。そこで近習が研究の末に観世縒り(和紙を細く切り縒り合わせたもの)で網代形を編み、印籠を製作。
これが鹿島錦の基となりました。
明治初期になると佐賀錦の生産は一時中断しますが、佐賀県出身の大隈重信がこれを大変に惜しんだことから、旧華族の間で再興されました。
その後、1910 年にロンドンで日英大博覧会が開催された際、大隈重信の計らいで、組み錦や鹿島錦と呼ばれていたものを佐賀錦と名付けて出品。
これが「日本手芸の極致」と称賛を受け、その名声を海外にまで広めるきっかけとなりました。
この出品を機に名付けられた佐賀錦の名が、以後、一般的に定着するようになりました。

画像:佐賀錦体験で先生から織り方を学ぶ佐賀市観光親善大使(佐賀錦振興協議会)

佐賀錦の返礼品

チョイス限定1点もの

佐賀錦振興協議会

2,000,000

佐賀錦は、金・銀・漆を貼った特製の和紙を細かく裁断したものを経紙とし、絹の撚り糸を染色したものを緯糸として丹念に織げられたもので、紋様は伝統的な網代(あじろ)、紗綾(さや)型、菱等、多種多様なものがあります。
非常に根気のいる手作業で精緻な技術を要するため、一日わずかしか織ることができません。
現代ではバッグや和装小物に加え、財布、アクセサリー、木目込み人形等制作されております。
美術品としましては、手作りの素朴であたたかい魅力と和紙の持つ温もりの中にも、絢爛豪華で気品のある優雅な美しさを秘めており、日本の美術工芸品の白眉と称されております。
本金の経紙を使用し、絹糸で様々な紋様を織り上げた佐賀錦を木目込んだ雛人形です。

チョイス限定

佐賀錦振興協議会

35,000

チョイス限定

佐賀錦振興協議会

50,000

チョイス限定

佐賀錦振興協議会

200,000

諸富家具のあゆみ

佐賀市諸富町では、家具を作る指物大工を中心に古くから木工業が営まれていました。
1935年には旧国鉄佐賀線が開通し、400 年の歴史を誇る家具産地の福岡県大川市から人々が往来するようになり、新たな木工技術が伝わりました。
1955年には筑後川に諸富橋と大川橋が開通し、交流がますます盛んになり、諸富町は大川市に次ぐ九州の一大家具産地として発展しました。
諸富家具・建具の特徴は、木工技術とオリジナリティーのあるデザイン性です。
現代の暮らしに合った高い機能を持ったいすやテーブルを製造しています。
施設の什器やバリアフリー家具の開発と製造、インテリアの企画から施工までを請け負う特注家具専門メーカーも多く存在します。
またオーダーメードのプレートや時計、木製玩具やインテリアアクセサリーなどを製造する木工製品メーカーもあり、個性あふれるメーカーがそろっています。

画像:飛鳥工房

諸富家具の返礼品

名尾和紙のあゆみ

名尾の和紙が誕生したのは江戸時代中期。農民の納富由助が、耕地が少なく生活が困難であることを憂い、筑後溝口村で僧の教えを受け、農家の副業として村民に伝えたのが始まりです。
明治維新後、名尾の和紙は衰退しますが、1888 年に生産者同士で名尾製紙組合を設立し、販路拡張に当たりました。
1900 年には地元の製紙業者の川浪正隆が名尾製紙養成所を設け、道具や機械の改良法や使用法を学ぶ場とし、生産力の向上を図りました。
そうした甲斐があり、次第に名尾地区は九州有数の製紙産地として知られるようになりました。
その後は洋紙に押されて規模が縮小し、現在は名尾手すき和紙のみが伝統を守り続けています。
原料となる梶は自家栽培し、のりはトロロアオイの根を打ち砕いたものを使用しています。
特徴は、質が緻密で粘り強く、光沢があり、耐久性に優れていること。特に提灯紙は油をよく吸収して絵筆が滑らかに走るため、「名尾の提灯紙」として高く評価されています。
提灯紙は和紙の厚みが均一でなければ明かりを灯した時にムラができるため、大変難しい仕事です。
名尾手漉和紙の種類は、伝統的な草木染め和紙や草花を織り込んだ和紙、柿渋を施した和紙など様々で、約200種類ほどあります。

画像:紙漉き(名尾手すき和紙)

肥前名尾手すき和紙の返礼品

肥前びーどろのあゆみ

1852 年、佐賀藩は近代的軍備の研究のため、佐賀藩士の佐野常民を中心に蘭学者などを結集して、佐賀城下の多布施川流域に精錬方(理化学研究工場)を設立しました。
ここでは鉄砲の火薬製造をはじめ、ガラスなどの理化学研究や実験を行いました。
明治時代には鍋島家の管理下となり、1883 年には精錬社という民間会社に変身。
1894 年には佐賀精錬合資会社に組織を替え、理化学用品やガラス製品を製造しました。
その後、佐賀精錬合資会社で働いていた副島源一郎が独立し、副島硝子工業を創設。
ガラス製造の専門工場を開設しました。
1903 年には道祖元町に工場を移転し、伝統的な製造技術で今も生産を続けています。
オランダの文献から学んだ技術を基に開発した、型を用いずに、ガラス管を通して息を吹き込み成形する宙吹き技法は、日本独特の「ジャッパン吹き」と呼ばれています。
これが、副島硝子工業が現代に受け継ぐ技法です。
創業から近年までずっと工場では精錬方と同じガラス窯を使用していましたが、2011 年に燃費改善のため、新しい窯に作り変えました。
現在はタンブラーや小鉢などのガラス食器を中心に製造。近年は金箔や銀箔を張り合わせたきらびやかなガラス製品も人気を集めています。

画像:シャッパン吹き(副島硝子工業)

肥前びーどろの返礼品

その他の工芸品

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佐賀市について

佐賀市は九州の北西部に位置し、北部に広がる山間地の自然や温泉・ダム湖、南部の有明海の豊穣な干潟などの自然、中心部の広大な佐賀平野に広がる田園風景など豊かな自然を有しています。
また、「熱気球の街」と呼ばれ、秋には、国内最大の熱気球イベント「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」を開催し、沢山の熱気球が広大な佐賀平野を彩ります。

佐賀市観光親善大使:(左)桝岡 明音・(右)糸山 仁恵

特集記事

~佐賀県佐賀市産のススメ~
温暖で穏やかな「気候」、北部山間部と肥沃な佐賀平野の「大地」、生産者の「こだわりと愛情」。
多彩な農産物が季節ごとに楽しめます。

「佐賀牛」の美味しさの秘密は細やかな「サシ」。
肥沃な大地で育った佐賀牛をはじめ、生産者自慢の農林水産物、伝統菓子をご紹介します。

サシ。それは赤身と脂身の絶妙なバランスが生んだ和牛の奇跡。 このサシ肉は見るだけで幸せホルモンを分泌させるという。 最高級の”艶サシ”が自慢の佐賀牛のサシを一人でも多くの人に見てもらい幸せになって欲しい。 佐賀市からパワーをおすそ分けいたします。

佐賀県佐賀市を通る長崎街道は、シュガーロードとも呼ばれ、江戸時代から独自のお菓子文化が残っています。 歴史ある和洋折衷の味わいをお楽しみください。

伝統的な技術・技法を引き継ぐ佐賀の工芸品の数々。
鍋島緞通、佐賀錦、諸富家具は佐賀県指定伝統的地場産品の指定を受けております。

豊かな自然とこどもの笑顔が輝くまち、佐賀市

佐賀市は九州の北西部に位置し、北部に広がる山間地の自然や温泉・ダム湖、南部の有明海の豊穣な干潟などの自然、中心部の広大な佐賀平野に広がる田園風景など豊かな自然を有しています。また、「熱気球の街」と呼ばれ、秋には、国内最大の熱気球イベント「佐賀インターナショナルバルーンフェスタ」を開催し、沢山の熱気球が広大な佐賀平野を彩ります。